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昭和5年11月茂吉はまず益田市高津を訪れました。高津の柿本神社は万葉の歌聖柿本人麿の終焉(しゅうえん)の地として、又人麿が和紙の製法を広めた故に産業神として祀られてあります。社殿はもともと益田沖1キロの鴨島にあったものが1026年断層地震による大津波で水没したので、この地に再建されたと言われています。従って、この益田沖の鴨島を人麿終焉の地とする学者もいます。

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益田市


 

 

 

 

茂吉は昭和9年5月にも益田市を訪れ柿本神社に参拝したのち、高津川流域を踏査しました。次でそれまで鴨山とされていた浜田の城山、那賀郡神村、那賀郡恵良も探索して回りました。
茂吉は自然風土の中に身を置いて1300年の昔(いにしえ)に思いを馳せ、古代人の心に限りなく近づいて見たことでしょう。しかし、それまで鴨山とされていた地はいずれも茂吉を絶望させたのでした。

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1300年の彼方に模糊として霞んでいる幻の山を探す唯一の手がかりは人麿とその周りの人々の詠んだ歌の考証によるしかありません。  

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