都野津の東方のサヒメヤマ現在の三瓶山(さんべさん)の浮布池です。
人麿はここでも歌を詠んでいます。

君がため浮布池に菱採ると我染めし袖
濡れにけるかも
さて、人麿は任地石見でそのままその生涯を終えたのでしょうか。
必ずしも明らかではありませんが、万葉集では柿本朝臣人麿、石見国に在りて臨死らむ(みまからんと)とする時自ら傷みて作る歌一首として、次の歌が辞世の歌とされています。

鴨山の岩根し枕ける吾をかも知らにと妹が待ちつつあらむ
(かもやまのいわねしまけるわれをかもしらにといもがまちつつあらむ)
鴨山の岩根を枕にふせっている自分を
妻は知らないでまっていることであろうなあ
この歌の鴨山即ち人麿の終焉(しゅうえん)の地は一体どこでしょう。
茂吉はこの幻の山を捜し求めて石見の山野を何度も実地踏査したのでした。
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