柿本人麿像 斉藤茂吉
万葉の歌聖柿本人麿は宮廷歌人として華々しい存在から、何故か晩年国司として石見の国(現在の島根県西部)に赴任していたと言われています。当時、石見の国庁は現在の浜田市にありました。 山陰本線の下府駅(しもこう)のすぐ東に伊甘(いかん)神社という社があります。 その境内の椋(むく)大木の陰に、国府あとの石碑が建っています。しかし、この地には外に人麿を伺えるものは何も在りません。
島根県 浜田市周辺
石見に赴任した人麿はこの国庁から12キロ北東の角の里(つののさと)、現在の江津市都野津(つのづ)に現地妻を囲うようになりました。 第3章へ 茂吉と鴨山Indexへ
石見に赴任した人麿はこの国庁から12キロ北東の角の里(つののさと)、現在の江津市都野津(つのづ)に現地妻を囲うようになりました。
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