湯抱温泉から女良谷川を100メートル登ったところの小高い丘の上に小さな鴨山公園があります。
人麿がついの命を終わりたる鴨山をしもここと定めむ この茂吉自筆による歌碑は茂吉の亡くなった2ヶ月後の昭和28年4月29日輝子未亡人らによって除幕されました。碑のかたわらには茂吉の墓所よりアララギが移し植えられていて故人の心を偲ばせています。
茂吉自筆の歌碑 除幕式に参列した茂吉夫人
鴨山発見当時の様子を語る波多野虎雄先生です。茂吉に鴨山を教えてから45年になります。波多野虎雄先生は茂吉の鴨山発見は歌の実作者としての感触から得た結論だとし、その歌の実作者としての鋭い感触を働かせたのは、人麿の死について詠まれた歌の解明に合わせて、広く石見の山野を踏破したからであろうと語っておられます。

発見当時の事を語る波多野先生
この鴨山が学会の定説ではあるものの異論がないわけでもありません。しかし、人麿に寄せる茂吉の一筋の執念はもう湯抱の山峡から離れることはないでしょう。

人麿の謎を秘めた万葉の旅へ (石見讃歌というHP)
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