同年5月15日茂吉は広島から赤名峠を越えて湯抱にやって来ました。湯抱は以前茂吉が訪れた浜原から北西へ3キロ三瓶山麓をぬう女良谷川(めらたにがわ)に沿ういで湯の里です。茂吉ははやる心を抑えて青山旅館で旅装をとくと間もなく波多野青年の案内で鴨山に登っていったのでした。
茂吉の古(いにしえ)に馳せる心はここでとどまるところなく高まり、今なお生き続ける人麿の心と一致したのでしょう。この地を人麿終焉の地と断定したのでした。

青山旅館
正面が鴨山 茂吉と波多野青年
人麿がついの命を終わりたる鴨山をしもここと定めむ
昭和9年浜原で夢のごとき鴨山を恋いて我は来ぬ誰も見知らぬその鴨山をと幻の山を追い求めて嘆きを歌った茂吉は今、夢ではなく現実に鴨山に相対したのでした。
我身みづから今の現(うつつ)にこの山に触りつつおるは何の幸ぞも
年まねく我の恋にし鴨山を夢かとぞ思うあい対(むか)ひつる
湯抱は湯が峡(かい)ならぬ諸人のユガカイと呼ぶ発音聞けば
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