ところが、この津目山説は昭和12年1月東京遊学中の一青年波多野虎雄青年により覆されるに至ったのでした。青年は茂吉の著書で茂吉が鴨山を探していることを知ったのですが、自分の郷里湯抱(ゆがかい)に鴨山という山が実在することを役場で正式名称であることを確認した上で茂吉に知らせたのでした。 湯抱、現在は斉藤茂吉記念館がある
ところが、この津目山説は昭和12年1月東京遊学中の一青年波多野虎雄青年により覆されるに至ったのでした。青年は茂吉の著書で茂吉が鴨山を探していることを知ったのですが、自分の郷里湯抱(ゆがかい)に鴨山という山が実在することを役場で正式名称であることを確認した上で茂吉に知らせたのでした。
湯抱、現在は斉藤茂吉記念館がある
波多野虎雄青年の手紙文と土地台帳写
現在、私の住んで居ります湯抱に温泉がありまして、小字名を湯谷と申しますが、その谷から君谷村別府へ抜ける山道の傍らに「かも山」と呼称される山があるので在ります。この湯抱に「かも山」という山のあることを既に先生が御存知なればこの一文も御笑草に過ぎませんが、もし御存知ないなれば或は参考になりはせぬかと思ひまして、拙ない文を認めました。 第10章へ 茂吉と鴨山Indexへ
現在、私の住んで居ります湯抱に温泉がありまして、小字名を湯谷と申しますが、その谷から君谷村別府へ抜ける山道の傍らに「かも山」と呼称される山があるので在ります。この湯抱に「かも山」という山のあることを既に先生が御存知なればこの一文も御笑草に過ぎませんが、もし御存知ないなれば或は参考になりはせぬかと思ひまして、拙ない文を認めました。
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